一般に真空管オーディオマニアの間では、プレート損失とは「プレート電圧×プレート電流」によって計算される電力であり、許容値を超えるとプレートが熱せられ赤くなるもの、と理解されています。

これは真空管を抵抗に置き換えた時の、通過電流と両端電圧をイメージすれば分かりやすいのですが、真空管の中を通過する電流は、文字通り真空中ですから、そこに熱は発生しません。

またプレートも単なる金属板、あるいは導体なので、よほどの大電流が流れない限り、熱の発生は起きないはずです。ではなぜプレートは、赤くなるほどに熱せられるのでしょうか。

それはプレート電圧に比例した、プレートにぶつかる電子のエネルギー(エレクトロンボルト)と、プレート電流に比例した電子の衝突総量により、プレートに運動(衝突)エネルギーが加わり、それが熱エネルギーとなるからと考えられます。


                   


こうしてプレート損失は電圧と電流、つまり衝突エネルギーの大きさと、その総量の積により決定されるはずですが、ある程度プレート電圧が上昇すると、この公式は単純に適用できなくなります。

何故なら電子は上の図のように、プレート全体に等しく到達しているとは限らないからです。

であるからこそ、電極の工作精度があまり良くない場合、電子ビームが均等に当たらず、定格プレート損失値に至らなくとも、電流が集中する部分のプレートが熱せられ、赤化します。

この現象は3極管よりも2極管などシンプルな構造になるほど、あまり顕著に出ない反面、より多く電極を持つ多極管では確率が高まり、さらにスクリーングリッドに高圧をかける高圧3極管接続(HVTC)では、かなり大きな問題となります。


                 


上のカーブは電極間隔が狭く、高い加工精度が必要な6C33のものですが、通常60Wのプレート損失が、250V以上のプレート電圧では、30W以下へと規制されているのが分かります。

ところで今ここに、昭和15年(1940年)の「無線と実験」誌があります。ロシアや中国にも勝った日本が、超大国アメリカに戦いを挑むべく真珠湾攻撃を行う1年前のもので、高柳博士の「テレビジョン講座」を始め、2次電子放出の仕組みなど、内容はまさに無線と実験で溢れています。

その中で2極管を磁石により3極管の如く電流制御する内容の、面白い実験記事がありました。ご存じのように電子は静電制御も出来ますが、ブラウン管テレビのように、コイルによる電磁制御も出来るのです。


                 
               定価ハ一冊、八拾五銭ナリ。  内容スコブル豊富ナリ。


記事ではコイルの磁界による制御ではなく、永久磁石を物理的に動かし制御するすため、オーディオや高周波では使えないものの、永久磁石を低回転のモーターに取り付け、さらに真空管の周りを回転させることにより、超低周波発生装置が安価に作れると提案しています。

当時のケミコンでは2〜8μFあたりが一般的らしく、大きな時定数を確保するのは費用的に大変であるため、このようにすれば費用低減の効果が期待できるとの記載があります。

一方この考え方は、私が以前からプランを練っていた、高圧3極管接続における電子ビームの修正法と、ピッタリ同じなのです。そして現代はネオジム磁石というスグレモノがあるではありませんか。


           


こうして77年前の「無線と実験」の記事により、私の中にヤル気が出てきました。とりあえずの対象は、高圧3極管接続史上世界最高出力の4−400Aシングルアンプです。

以前撮った4−400Aシングルの写真を見ると、正面左下側が特に赤くなっており、ここにビームが偏っているとわかります。なおプレート上部より下部の方が赤くなっているのは、ビームの偏りではなく、電極のリード部分から放熱されている為です。



           


磁石はアクリルチムニーを挟むように吸い付かせて固定します。とくにネオジム磁石は高温で磁力が消滅するため、真空管との距離には注意が必要です。

その前にまず、アースからフロートされているプレートチョークの周囲を囲って、感電を防止しなければなりません。ここのシールドは私にとって盲点だったため、調整中うっかり手が触れて、皮膚に穴が空いたことがありました。


          


チョークコイルのコアや表面の金具は、当然内部のコイルとは絶縁されていますが、2kVを超える絶縁破壊を避けるため、チョークコイルタワー全体をベ−ク板でフロートしてあります。

そこで2kVの帯電による電子が塗装を突き抜け、皮膚組織を破壊しました。つまりこのアンプは、完成状態どころか相当危険な状態だったわけです。

以前も書きましたが、1500V以上の感電は単純に電圧が高いというだけでなく、一瞬で腕の運動神経が麻痺し、手を引っ込めようという脳の指令が無効になってしまうため、あたかも手が吸い付いたような感覚となります。

その為長時間の感電が起こり、生命に危険な状態となるのです。


つづく



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